「ディストピア」は死語になる?VRを題材とした名作と意識の変化

KW

 突然ですが、みなさんバーチャルリアリティを題材にした作品というと何を思い浮かべますでしょうか。私と同年代の若い方だと、プレイヤーがVRゲームの中に閉じ込められ命を懸けたゲーム攻略に乗り出す『ソードアート・オンライン』(2002~)などを思い浮かべた方が多いと思います。

 ではみなさん、バーチャルリアリティに対してはどのようなイメージを持たれていますか?2016年、ソニー・インタラクティブエンタテインメントから「PlayStation VR」が発売されたことを皮切りに、様々な企業からVR機器が発売されました。この年は「VR元年」とも呼ばれました。以降VRはひとつのゲームジャンルとして確立され、テーマパークでもVRヘッドセットつけて歩き回るものがありますし、YouTubeでは360度動画をヘッドセットで楽しむことができます。私たちの生活に広く浸透したVR技術に良いイメージを持たれている方は多いと思います。

 しかしそれはあくまで最近の話です。今から20年ほど前まではあまり良い印象は持たれていなかったように思います。例えばVRを題材とした世界的な名作映画『マトリックス』(1999)では、人々がコンピュータに管理されVR空間の中に閉じ込められている様子が描かれています。『トロン』(1982)では、電脳世界に迷い込んでしまった主人公が、集められたプログラムたちが奴隷のように働かされているのを目撃します。このように、発達した機械文明に支配されている反人間的な社会のことを「ディストピア」と表現します。『マトリックス』などはまさにディストピアものの定番とされていますね。IT社会が今ほど発展する以前は、新しい技術であるコンピュータに対して何か不信感のようなものがあったと思います。私は小さい頃に見た『2001年宇宙の旅』(1968)で、宇宙船のコンピュータが暴走して乗員を殺してしまうシーンが怖くて印象に残っています。

 現在コンピュータは世界中に広く普及しました。ほとんどの人が一つ以上所持していますし、人工知能も生活に溶け込みつつあります。ようやく「未知」からくるコンピュータに対する恐怖心がなくなり、私はVRに対して人々が次のステージへ移行しようとしていると感じています。 それは、現実問題としてVR世界へ移住することは可能か、ということです。

 もしその「VR世界への移住」が実現された場合、管理するのは誰でしょうか。現在の世界総人口は約78億人、ユートピアへの移住を希望する人は決して少なくないでしょう。インターネット人口は少なく見積っても40億人という話です。仮にそのほとんどが移住を希望したとしたら、その管理はもはや人の手には負えません。もうお分かりでしょう。そう、コンピュータによる管理を行うしかありません。先ほどお話した「ディストピア」の到来です。とは言いましたが恐らくそんな事にはなりません。未知からくる幻想とまでは言いませんが、その類のものです。「ディストピア」になるならもうとっくになっているでしょう。なぜなら現代社会はとっくにコンピュータと人工知能に依存しきっていますから。

 私たちはすでにコンピュータに管理されることが当たり前になっています。私の大好きな作品である熱い展開と数々の名言(主人公が鼻血を出しながら「よろしくおねがいしまーす!」と叫びエンターキーを押すあれなど)を生み出した『サマーウォーズ』(2009)には、「OZ(オズ)」という巨大な仮想世界が登場します。そこでは自分の分身であるアバターを使って現実世界と変わらない生活が送れますが、アバターは現実世界のユーザーと同じ権限を有しています。例えばアメリカ大統領のアバターであれば核ミサイルを発射することができます。作中ではなんとその世界中のアカウントがウイルスによって乗っ取られてしまい、世界が大混乱に陥る事件が発生します。

 ここで注目してほしいのが物語上の「敵」です。1999年公開の『マトリックス』では人間を管理しているコンピュータを敵としていますが、2009年の『サマーウォーズ』ではコンピュータによる管理を脅かしたウイルスを敵としています。これはITが私たちの生活に溶け込んだことによって「コンピュータの管理=危険」から「コンピュータの管理=平和」に意識が変化したからなのではと考えています。技術がもっと進んで管理と監視が当たり前になっていけば、いつか「ディストピア」という言葉はなくなるかもしれません。

 話を戻しまして「VR世界への移住は可能か」というワクワクするトピックについて少しお話をします。

 ここ数年「メタバース」という概念が注目されています。バーチャルリアリティと似ていますが、仮想空間内で人々が実際に経済活動やコミュニケーションを行えることを含めた概念とされています。  

 昨年2021年、メタバース関連でIT業界に大きな動きがあったことはご存じでしょうか。 ブロックチェーンを応用してデジタルデータに署名を可能とするNFT技術。それとゲームがリンクして、アイテムを不滅としゲーム外で自由に取引できる「NFTゲーム」が多く発表されました。スティーブン・スピルバーグ監督の『レディ・プレイヤー1』(2018)のように、VR世界内で違うゲームのアイテムをいろんなゲームに持ち込めて、現実のお金で取引できるようになるのです。さらに「メタバース」の概念とNFTの周知のため、日本では「日本メタバース協会」が設立され話題になりました。そして、世界に28億人のユーザーを誇るSNS「Facebook」の親会社が、社名を「Meta」に変更しました。これはメタバースに本格的に参入するという意思表示であり、年1兆円をメタバース事業に投資することを発表しています。同社には高性能なVRデバイス「Oculus(オキュラス)」があります。これは冒頭で取り上げた『ソードアート・オンライン』に登場する、VRゲームにログインする際に使用する「アミュスフィア」と同じゴーグル型のデバイスです。

 今までSFでしかなかった「VR世界への移住」は、もしかすると私たちが思っているよりもずっと早く実現するかもしれません。ちなみに『ソードアート・オンライン』作品内で、世界初の完全没入型のVRデバイスとして発売された「ナーヴギア」の発売年は2022年です。 もうすぐ到来するVR社会。私たちに必要なのは、考えることをやめない、思考を停止しないということではないでしょうか。VRの登場で人々の生活が豊かになったことは言うまでもありませんが、便利の代償にどうしても生まれる様々な問題について考え続けることが必要だと思います。VRを題材にした作品は、私たちにその時間を与えてくれます。

 この記事に登場したものはどれも名作で、自信を持っておすすめできます。もし気になった作品が見つかればご覧になってはいかがでしょうか。未来について考える良いきっかけとなるはずです。

(KW)