伊藤 智彦

アニメーション監督

 

リード

2019年に公開した『HELLO WORLD』の監督を努めた伊藤智彦監督。「たとえ世界が壊れても、もう一度、君に会いたい」をキャッチフレーズに世界を揺るがす壮大な物語を描く。未来テクノロジーを駆使して描く3Dアニメーション映画は人々を感動させた。アニメーション監督としてどのような制作風景や作品に込めたものとは。そしてラストの1秒とは。

プロフィール

大学卒業後、アニメーション制作会社マッドハウスに入社。制作進行を経て演出を務める。『DEATH NOTE』で監督助手、『時をかける少女』で助監督、『サマーウォーズ』で助監督を務めた後、2010年『世紀末オカルト学院』で監督デビュー。 2017年『劇場版ソードアート・オンライン‐オーディナルスケール‐』では監督&脚本は川原礫、絵コンテを担当。2019年の映画『HELLO WORLD』の監督を務めた。

HELLO WORLDを制作した経緯と苦労とは。

東宝の武井プロデューサーから2016年に「3DでSF映画を作りませんか」というお話をいただき野﨑まどさんを紹介されました。この3人とグラフィニカさんで企画をスタートしました。ですが、一度企画が中止なり、改めて『劇場版ソードアート・オンライン‐オーディナルスケール‐』の後に企画を練り直し『HELLO WORLD』の原型ができました。

いままで作画のアニメばかりを制作していましたので、いざ3Dをメインでやると作法や流儀、文化的ギャップに戸惑いがありました。具体的には、作画のアニメだとスケジュールの最後までギリギリ粘って、追い込みをかけられるのですが、3Dだと物量などあらかじめ決めておかないといけません。

登場するキャラクターの数は何体、とかマンパワーでの巻き返しができないので、いろいろと織り込んだスケジューリングと作業の進め方を口酸っぱく言われ続けました。

HELLO WORLDの舞台を京都にした理由とは。

3つありまして、ひとつ目は、脚本の野﨑まどさんが京都を舞台にしたで『know』という小説を書いていることです。2081年が舞台で、京都がIT的に進んだ土地であるという設定だったので、そのイメージで選んでいます。

ふたつ目は『HELLO WORLD』の世界には「アルタラ」という機械がすべてを記憶しているという設定があるので、周囲が囲まれているような土地が望ましいという理由です。

 

みっつ目は京都が歴史のある街で『HELLO WORLD』の時代設定近未来の2027年ですが、そんなに我々が見ているものと変わらないであろうという予想があったからです。

アニメ制作との出会い。

アニメの学校などで専門の勉強をしていたわけではありません。東京海洋大学(旧東京商船大学)に在籍し船乗りになる勉強をしていました。早稲田大学のアニメーション研究会というサークルに遊びに行くようになり、アニメ制作にのめり込んでいって、就活もアニメ業界を目指しマッドハウスに入社しました。

制作進行からキャリアをスタートさせ演出に携わることになり。2009年に細田守監督の『サマーウォーズ』の制作が終わり、 A-1 Picturesさんから、監督の仕事の誘いがあったのでマッドハウスを辞めて移籍しました。

アニメ制作の仕事とは。

劇場アニメは、制作期間がどうしても長くなります。2~3年間の制作期間中、やる気をキープし続けるのが重要です。それには、精神的なムラを作り過ぎないようにすることを心がけています。

映画の完成形が具体的に見えているのは監督くらいで。他の多くの人は頑張るポイントがそれぞれ少しずつ違います。疲れないように約2年間、持久走していくようなものなので、走り切れるようにキープすることが大事だと思っています。

アニメ業界を目指している人にむけて

アニメに関係ないことをやった方がいいと思います。毎回若い人には恋愛をしなさいと言っています。自分自身を”クリエイター”という言い方で呼ぶのはあまり好きではないんですけど。作り手側としては経験したことを、その時、持った感情がどうしても出てしまいます。ちゃんと恋愛したら、その感情を保存しておいて制作にとってどう財産になるのか。とか。

経験は犯罪にならない程度でいろいろなこともやった方が面白いし、何かしら役に立つと思っています。

アニメ監督・演出をしていても、なかなか当事者意識と言うか、何かを作っているという感覚が薄いのですが、海外にイベントなどで行くと、原作の漫画、小説は読んでいないけどアニメを見てファンになってくれている人たちがたくさんいます。彼らはそれなりにリスペクトしてくれているので「なんで君たちは自信を持たないの?」と言われたりします。その時にはクリエイターと言われても良いのかな、と思います。

真にクリエイトしている人は、原作の漫画を描いている人だったり、ゼロから1を生み出している人のことでしょう。強いて言うならアニメーターの方がクエリエイトしてるんじゃないですかね。

ライターも、『小説家になろう』がなどのサイトがあるので、プロにならなくても、ライターの会社に属するより先にデビューする方法がたくさんあり、やったもの勝ちです。立場を用意されるより他にも方法がある今の環境は恵まれているんじゃないか思います。

ライターは、比較的別の仕事をしながらできるので、ラノベを書いている人は兼業が多いと言う印象ですが日ごろの地道な努力が必要です。毎日1冊、本を読むとか、映画見るだけでなく記録を残すこと。そして継続する。これを1年続けるだけで大きな差がつくと思います。

文章は振り返って自分の過去作を読み直したり、人に見てもらってレスポンスをもらうともっと上達します。演出は難しいかもしれませんが、これも地道な努力です。僕も、演出の勉強をしたいと思い、世に出ている絵コンテ集をかたっぱしから模写していた時期があります。

アニメ業界は今度どう変化していくのか。

前から話題になっていた作品数は減らないと思います。問題視をしていた労働環境的なことは、少しずつ改善してきているように感じます。特に、元受けの会社などは、土日が休みになってスケジュールも長く見積もるようにしています。

結果、一本当たりの制作コストが上がっていくので、制作予算も増える傾向にある様です。どうやってお金を持っていくががより話題になってきています。

3DCGの作品もシリーズで生産されて貴イェいるので、海外を意識していく作品が今後、より増えていくのではないかと思います。映画の話ですが、『竜とそばかすの姫』は海外を見越した要素が随分入っていると思うのですが、皆さんどれだけ気づいているでしょうか。

未来のテクノロジーとは。

日本の未来について明るいビジョンを持っていないのですが、価値があるのは、ガジェットやテクノロジー的なものしかないと思っています。老人が増えていき、子供はいない。小さい会社をVRやARなど利用してカバーしていくしかないと思っています。

せめてエンタメでは、明るい未来を見せていこうと思っています。暗い話だけを作っても辛いですし、ポジティブなものを少しでも見せたいなと思います。

バーチャルリアリティーよって個人の幸せや価値観はどのように変化や影響を及ぼすのか。

肉体的な制約がなくなるので、性別、人種間問わず、コミュニケーションができると言うのが最大のメリットです。2006年頃にできたインターネット空間のコミュニティでセカンドライフというものがありました。今では過疎化してしまったのですが、発達障害の人たちがそこに集まっているというのがありました。肉体的なものから解放されて、活動されているので正しい使い方なのかと思います。

Google翻訳機が進歩して、英語をみんながマスターしていなくても、共通言語的なものにできれば意思疎通も簡単になるのではないと思います。

コロナ禍になって起きたメリットやデメリットに関して

外でお酒を飲みに行けなくなったことです。僕は昼前に起き深夜まで活動していまして、夜に打ち合わせすると、「じゃあ飲みに行きますか」となります。でもそれもなくなってしまった。

仕事的には、リモート打ち合わせが増えてます。アニメ的では音響作業が、影響が大きいですね。アフレコ作業を大勢で収録することができなくなりました。

ブースに3、4人しか入れなくなったため、時間が掛かるようになりました。デメリットが多いですがメリットとしては遠隔地との仕事のハードルが少し下がった、ということでしょうか。

あなたにとってバーチャルリアリティーとは

もっとお手軽になってほしいと思います。今現在は子供の頃よりは未来にいる感覚はありますけれど、VRはもっと未来を感じさせてくれるものなのではないかと思います。いまだ来ていない未来という感じですね。「ソードアート・オンライン」の劇中でナーヴギアが発売する年に近くなってきています。2027年なのであと数年で出てしまいます。フィクションが現実に追い越されてしまいますね。

本文構成:福嶋大樹

取材担当:福嶋大樹/宮澤葵/藤原郁也

写真撮影:宮澤葵

取材場所:(株)A-1 Pictures 制作4部スタジオ

(取材日時:2021年 7月27日)

注釈

【オリジナル劇場アニメ『HELLO WORLD』公式サイト】
https://hello-world-movie.com/

『HELLO WORLD』Blu-ray DVD 好評リリース中
発売・販売元:東宝
©2019「HELLO WORLD」製作委員会