中島 徹

 科学系博物館イノベーションセンター
マーケティング・コンテンツグループ長

「ディノ・ネットデジタル恐竜展示室」は実際に博物館に行かなくても展示物を様々な方向から観察し、コロナ禍でも学びながらリアルやデジタルでも楽しめるコンテンツが複数の博物館が協力し、成し遂げることができた。コロナウイルスの影響により、国立科学博物館の取り組みやどういった経緯でディノ・ネットが生まれたのか。恐竜が好きな人や詳しくない人でも楽しめるコンテンツの魅力が詰まっている

プロフィール

1986年からPCやデジタル技術を活用した各種学習教材・学習サービスの開発・プロデュースを担当。2010年以降は科学技術振興機構に席を置いて、「サイエンスキャンプ」「科学の甲子園」等、青少年の理数の才能育成に関わる各種事業を手掛けた。2019年から国立科学博物館で、「科学を文化として育む博物館」を目指して、オンライン配信やXR技術を活用した新たな博物館事業の創造に取り組んでいる。

「ディノ・ネット デジタル恐竜展示室」は、オンラインで自宅に居ながら博物館にいるかのように学ぶことができるプログラム。国立科学博物館、北海道大学総合博物館、群馬県立自然史博物館、むかわ町穂別博物館の4館が所蔵する化石標本の3Dデータを無料で閲覧でき、様々な角度から観察が可能となっている。またディノ・ネットのVRコンテンツを活用し、日本を代表する恐竜の研究者たちが行う特別なオンライン講座のライブ配信も行った。

科学系博物館イノベーションセンターは2019年4月に設置され、博物館がそれまでやってこなかったことに挑戦するために設立した。科学系総合博物館としては、日本で唯一の国立館であり、ナショナルセンターとして全国の科学系博物館が活性化するような先導的なモデルを形にし、他の博物館と一緒に博物館を『文化』として盛り上げていこうという大きな目的を掲げている。

ディノ・ネットの開発過程から今に至るまで

『ディノ・ネットデジタル恐竜展示室』は文化庁「文化芸術収益力強化事業」の採択事業として参加しました。当館だけではなく、複数の博物館が一緒に協力して恐竜のデジタル標本を公開するプロジェクトとなりました。

コロナ禍より中々入館料収入を確保できない事態になり、自己収入をどう確保するということから、オンラインの有料の講座を、ライブ配信という形で実際にチケットを販売してみて、どのくらいの販売効果があるのかを実証しようとする企画になりました。

この経験を生かしてデジタルアーカイブを公開し、オンライン講座で活用することで、博物館での学びを提供していこうと考えています。

大きな化石をどうやってデータ化したのか

恐竜の骨格模型は「小さい」ものもありますが、皆さんはまず「大きい」恐竜をイメージするだろうと思います。大きなものを3Dモデルにする際には、専門の技術者にお手伝いいただいて、全体の測定と撮影をしました。その際に、写真をあらゆる角度からたくさん撮影し、コンピューターソフトで合成する『フォトグラメトリ』という手法を使います。『フォトグラメトリ』は以前から、剥製や大型の標本資料の3Dモデル制作にこの手法が使われています。ディノ・ネットで公開している当館の「ティラノサウルス」と「トリケラトプス」に関しては、今回用に撮影したものではなく、以前に展示用で開発したデータを使って公開しています。

新しい3Dモデルは、複数の博物館の化石や標本を撮影していますが、同じ手法で撮影してそのデータを1箇所に集めて展示するという形になりました。これはバーチャルならではの見せ方だと思います。

 

3Dモデルを制作する場合には、小さいものに関してはハンディスキャナーや立体スキャナーを使う場合もあります。ただし、高い精度でスキャンしたり撮影したりしたままだと大きすぎるデータとなってしまうことがあります。そうすると、インターネットでみなさまの家庭にあるコンピューターやスマホで見るにはデータが重すぎてしまいますから、適切な精度に調整して、表現しています。

特徴的なのは3Dモデルに研究者が監修した注釈を入れていることです。化石の部位をクリックすると注釈が表示されて、説明文が読めるものになっています。より良いものにしていくために、今後もアップデートしていきたいと考えています

博物館へ行き実際に見ること、ディノ・ネットで3次元のデータを見ることと比べ、物の見方や価値観は変わるのか

博物館へ行って実際に見ることは大切で、その価値は変わらないと思います。でも、博物館に行けなくても標本資料を見られるようになるのはバーチャルリアリティで実現できることだと考えています。

今回のディノ・ネットでも、以前当館で展示していた全身骨格の形状と現在展示されている全身骨格の形状の違いを見ることが出来ます。同じ恐竜の化石ですが、今は研究が進み、恐竜の骨付きや歩き方が研究の成果により違う形になることもあります。古い展示物と新しい展示物を比較してみるということは、リアルでは大きな場所を使いますから、2つを並べることはなかなかできません。それがバーチャルならできるのです。

空間や時間を飛び越えることができる。古いものと新しいものを比べて違いに気づいてもらうことができるのはバーチャルリアリティだからこそで、今までできなかったことが実現できる。それは大きな変化だと思います。

今後、博物館はどう変わっていくのか

国立科学博物館は、展示、学習支援だけでなく、調査・研究、標本資料の収集・保管に力を入れています。現在、収集・保管している約480万点の標本・資料うち、上野本館に展示しているのは約2万点で、全体のわずか0.4%ほどなのです。まだ皆さんに見ていただきたいものはたくさんあります。調査・研究を行うことで、毎年、新しい発見や化石の発掘などがあり、標本・資料は永遠に増え続けていきます。それらは次の世代に残しておかなければならない大切なものなのです。デジタル技術を使って空間の制限をなくすことで、みなさんに多くの標本・資料を見てもらえる機会を作っていきたいと考えています。

また、標本・資料を触ることで、いろんなことに気づいて学ぶことも出来たら良いと考えています。デジタルやバーチャルの技術を使い、本物に触れていなくても、本当に触れたようなリアリティを感じられる展示ができれば、視覚に障害を持つ方を含めて、今まで以上に多くの方が博物館の展示に触れて楽しんでいただけるでしょう。

国立科学博物館は、これからも新しい技術を取り入れて、標本・資料を次の世代に残し、みなさまに多くの標本・資料を見ていただけるように、取り組んでいきたいと思います。

コロナ禍によっておきたメリット・デメリットとは

まずデメリットはわたしたちが大切にしている、本物の標本・資料を直接見て学ぶということができにくくなりました。触ったり、動かしたりして学ぶ展示も、止むなく展示を止めている場所もあります。対面で展示を解説したり、ワークショップなどで実際に体験してもらったりすることも出来ませんでした。お客さまとしても、たくさんの人が集まるところには足を運びづらいかもしれません。

一方で、VRやオンラインといったデジタル技術をもっと活用しなければならないと痛感しました。触れなくても博物館を体験してもらえるような機会をどう作ればいいのかという工夫をみんなが考え始めたのです。新しいチャレンジに取り組んでいく良いきっかけになっていると思います。

新型コロナウィルスの流行がおさまって、元の日常に戻ったとしても、今回のことを経験した。お客さまの気持ちが元に戻ることはないと思っています。VRやオンラインなど新しい技術を使いながら、多くのみなさまに博物館を使用してもらえるように、これからも挑戦していかなければと痛感しました

バーチャルリアリティのよって個人の幸せや価値観はどう変化を及ぼすのか

将来は、バーチャルリアリティのイメージは、今みなさんが考えているものとは違うものになるのだろうと思っています。バーチャルリアリティも、まだイメージの定まった言葉ではないでしょう。デバイスも進化するしお客さまのニーズも進化する、展示の工夫も進化しますので、バーチャルにリアリティを与える技術は次々と新しい技術に進化していく。それによってどういった新しい体験ができるのかを想像するだけでワクワクします。

中島様にとってのバーチャルリアリティとは

「バーチャルリアリティ」という言葉は日本語に訳すと「仮想現実」と言われますが、私の印象では逆だと思っています。仮想的に現実を作るのではなくて、バーチャルな体験をいかにリアリティを持たせるかが「バーチャルリアリティ」だと考えています。バーチャルでもリアルに近い体験ができ、「博物館を文化にするための道具として非常に可能性を感じるもの」がバーチャルリアリティです。みなさまに体験してもらいたいし、わたしたちはその体験の機会を提供したいと思っております。

本文構成:宮澤葵

取材宮担当:宮澤葵/福嶋大樹/野水聖来

写真撮影:宮澤葵

取材場所:国立科学博物館館内

(取材日:2021年07月26日)