松岡 正剛

編集工学者
イシス編集学校校長
角川武蔵野ミュージアム館長 

松岡正剛氏は、日本の知性を代表する人物として、1960年代から現在に至るまで、出版界はもちろんのこと、思想、哲学、アート、政治、経済…etc.知が関係するありとあらゆる分野に影響を及ぼす知の巨人だ。その氏が館長を務める『角川武蔵野ミュージアム』は「図書館」「美術館」「博物館」が混ざり合った、「想像と連想と空想」の「見て、感じて、考える」他には類をみない施設だ。今回は『角川武蔵野ミュージアム』の4 Fにあるエディットタウンの「ブックストリート」や「本棚劇場」を中心にその魅力を体験することができた。そして、「バーチャルリアリティー」についてなど、実際にお会いして多岐に渡り貴重なお話しを聞くことができた。場所はあの本の館・松岡正剛事務所内のブックサロンスペース「本楼」。そこは天井までそびえる本たちにぐるりと囲まれ、圧倒されながらもぴーんと張った緊張糸が緩み不思議と心地よさを感じる場所だった。

●プロフィール 1944年京都生まれ。早稲田大学文学部卒。東京大学客員教授、帝塚山学院大学教授を経て、現在、編集工学研究所所長・イシス編集学校校長、角川武蔵野ミュージアム館長。

1971年工作舎設立、『遊』(1971年〜1982年)を創刊。日本で初めてのジャンルを超えた先駆的グラフィズムで、アート・思想・メディア界に大きな影響を与え伝説となる。1987年編集工学研究所を設立、日本文化、経済文化、物語、デザイン、文字文化、図像学、自然学など多方面におよぶ研究成果を情報文化技術に応用・発展させ、数多くの企画・開発プロジェクトのプロデュースや監修、演出なども手がける。またネットワーク上に壮大な「図書街」を出現させ古今東西の知識情報をつなぐプロジェクト『ISIS』を構想。教育支援ソフトの開発や、世界初のインターネット上の学校『イシス編集学』を開設するなど、編集工学の教育にも意欲的に取り組む。その一方で、日本の歴史文化の思想と技術を伝承するための執筆や、「私塾」というスタイルによる連続講義を精力的に展開。2000年にサイト『千夜千冊』を開設。この古今東西の本を論じる「ブックナビゲーションサイト」は2022年3月現在、約1,800冊が紹介されアクセス180万を超えた超人気ウェブだ。サイト「千夜千冊」を、徹底推敲し、全知力と渾身の情熱をかけ全面加筆、各巻1,300頁、総登場人物25,000人、圧倒的な完成度を極め「本の美」とともに編集し『千夜千冊』(求龍堂)完全書籍化。またシリーズ本「千夜千冊エディション」(角川ソフィア文庫)を刊行中。他、著作多数。

エディットタウン独自の9分類と約25,000冊の選書と違い棚の本たち

●エディットタウンは本の息遣いが感じられる街のような賑わいの空間が広がっています。一般的な図書館とは一線を画す、ポップで彩り豊かな雰囲気がより想像力を掻き立てました。編集工学者で館長の松岡先生の監修により分類された、世界を読み解くための「9つの文脈」にそって約25,000冊の本が並んでいますが、お目当ての文脈や分類から本を手にとって読み深めるのもいいですし、目に留まった本から本を渡り歩いて活字の海に溺れるのも楽しいでしょう。さてオリジナルの9分類にした理由はなぜなのでしょうか

世の中の図書館の総記から始まる図書分類はスタティックです。もう役目が終わっていると思います。ネットで自由に検索できる時代に、図書館にあの構造がいまだに残っていても、自由度が邪魔されるだけではないかと思います。

5〜6年前の2017年「近畿大学の新しい図書館を作ってくれ」と理事長から頼まれたときに図書分類を全部止めました。角川武蔵野ミュージアムでもやめました。

▷角川武蔵野ミュージアム:エントランスは吹き抜けになっている

●25,000冊の本の選書はどのように行われたのですか

選書には1年半ぐらい時間をかけました。「イシス編集学校」※の師範代のメンバー50人ぐらいで、9分類に分けて9チーム作り、ディレクターを4〜5人選び、それぞれ担当し、リストアップしてもらいました。トータルリーダーは和泉佳奈子です。まず、棚の大きさに対して3倍ぐらいの選書をあげてもらい、それをチームごとに私が全冊チェックを3回ぐらい行いました。9チームごとで計27回繰り返した。同時に3チームやっていましたが、そのプロセスが念入りであり大変でした。

こうしてET01からET09までの棚をつくったのですが、スタートにあたるET01では、私たちの記憶の中から始まるような本を並べた。例えば雨が降ったとか、エジプトがあったとか、古代、卑弥呼がいたとか、RNAとかDNAによって生物から進化しているとか、そういう私たちがまず思い出す記憶ですね、とはいえ記憶といっても、自分は世田谷に生まれたとか。福島に生まれたとか。そのような普通の記憶もある。記憶は、自分の記憶と世界に関する記憶がどこかで混じっているわけなので、そういうものからはじまる本棚にしようと思ったわけです。そこで全体のミュージアムのコンセプトもアソシエーションにした。「連想」あるいは「組み合わせ」というようにしました。どういう風に人々が連想しながらその本に出会うのか、それが百,千,万冊単位で流れを表現しているように、ET01からの流れをつくった。

▷エディットタウン入り口:ET1~ET9の分類表がある。

●違い棚はどのような理由で制作したのですか

本が本棚にずらりと並んでいると、その流れは簡単に掴めません。しかも本屋さんも図書館もそうですが、きっちり背表紙を並べています。それでは意味がないのです。文字が並んでいると、私たちは何かわかったような気になる。けれどもそれではレトルトカレーの箱が並んでいる様なものです。

だから、これは間違いだと私はずっと思っていました。もっと光と闇の中に、本が出たり入ったりするようにしたい。先ほど紹介した近畿大学の図書館では内照型にしてライトを中まで入れましたが、角川武蔵野ミュージアムでは、本自体を前後左右に突起させました。それが違い棚になった。

横に置いたり後ろに置いたり、向こう側にある本はどういう本かなど、本の並びが人々の関心を魅くのですね。これをアフォーダンスと言います。人間に行動を誘発する動きや感覚をアフォーダンスと言いますが、それが本にうまくつかないと図書館は機能しないと思います。

私たちがモノを取るとき、モノの形に合わせて、手の形を変えながら取ります。これもアフォーダンスです。ということは、私たちの身体の中にオブジェクトが入り込んでいることになります。知覚とはそういうものです。その構造をどうやって本棚にもたせるかということをかなり細かくやっています。

▷ボードメンバー:松岡正剛先生の書籍が並ぶ違い棚

●違い棚に規則性はあるのでしょうか

6パターンあります。パターンは、まず組み立てモジュールを隈研吾さんのアトリエに提案してもらい、それを私が細かく確認しました。

エディットタウンはブックストリート状に50m近くつながっていて、本棚が街やお店のように並んでいます。それをパッと見て何かが「ここに入りたい」みたいな欲望が喚起される状態をつくり続けなければなりません。同じものが続くことは退屈です。変化しすぎるのもよくないので、9つに分けました。

どこに何を置きたいか考え調整していきましたが、最初からミリ単位で調整したいと思っていたわけではなく、入れたいものを入れた結果、本の置き方さえミリ単位になりました。

▷ボードメンバー:隈研吾先生の書籍が並ぶ違い棚

●複本ついてお聞かせください

普通の図書館は『ワンピース』1単行本、ワンアドレスです。そうではないと分類が混乱するからです。それが私にはダメでした。

例えば、夏目漱石の『こころ』はもちろん「文学」に入りますし「明治」にも入ります。ですが「精神医学」にも入るかもしれません。それから「青春、グラフィティ」の中にも入る。だから『こころ』が同じ図書館に何冊も出てくる。これがとても大事です。私のスタッフもそうですが、「自分で本棚つくってごらん」と言うと、まず左から見るのか、右から見るのか、段があるからそれどうするのか、そしてそこに新しい本を5冊買った際にはどこへ置くのかを考えます。

それが「知識、認識、表現力」を変えていくのです。だから必ずそれをやりなさいとなる。そのために複本をあえて入れています。

「ここはこれしかない」と思わせないためです。例えば昆虫の本は「生物学」、「節足動物の昆虫」のところに置きますが、昆虫を食べる人もいます。なので、「料理」のところにも入ります。「色」や「デザイン」の棚に入ってもいいでしょう。そのようなことを普段からしていないと、知識は固定化してしまいます。

今回は複本は全体で約300冊ぐらいに抑えてもらいました。『坊ちゃん』などの名著はいろいろな文脈に置いてあります。ET9「個性で勝負する」では普通に『坊ちゃん』として入りますが、別のくくりで「夏目漱石」や「日本の小説」にも入ります。

●天井などから要所要所にワクワクするバナーがたくさんあります。どのような方が制作されているのですか

上から下がっているバナーや作りモノも一人ひとり違っています。浅葉克己さんのような著名な方もいれば、まったくの新進気鋭デザイナーの方もいます。そのほかには、学生がテスト的に作ったものをプロに作り直していただくなど、さまざまなことをしています。

▷エディットタウンのブックストリートの天井にはさまざまなフラッグなどがさがっている。

●エディットタウンに松岡先生がお気に入りの場所などはありますか

みんな気に入っている(笑)。「ここをもう少し変えたらいい」「まぁまぁだな」はありますが、どこかだけをピカピカにしたわけではない。むしろ、作ったスタッフ側が私を驚かせようと思い、ET9のなかに「グレートスモーカー」という棚ができました。

ET9は棚の中にいくつもの編集軸を立てるところから、ディレクションをやりながら作られた棚です。あそこは「パンクな若者」「ひとりっ子」の作家、その上には「黒にこだわった本」が並ぶというふうにした。そのためにはリサーチが必須で、ほかのET1からET8の棚とは全く違うつくりになっています。

ET1の「記憶の森へ」という棚には「宇宙、哲学、絵本、気候、伝記」。このジャンルをディレクションしている姿をみて、参加しているスタッフ全員ワクワクする。そんなディレクションをしたので、どちらかというと「知的に興奮」するように仕掛けられています。

ET6の「男と女のあいだ」は「エロス」もありますが、「オスとメスの生物学」もある。その幅をどう作るのかと考え、点検と同時にストーリーを作るところがいいと感じました。

スタッフ全員が「1日で世界を変える気になれるか」ということは、松岡正剛スタイルの仕事のうちです。そこまで自分の気持ちを持っていかないと苦労や大変だと思う気持ちに引っ張られるのです。でも、世界を変えることを成功させた人は歴史の中にもいて、そういうことを知るのが本を扱った仕事をするときの醍醐味だと思うのです。

今までやったことのないスペースを作るというのが角川さんと私が決めたことなので、それに向かって行く際に苦労など言っていたら完成しなかったでしょうね。

●エディットタウンの中に増本希望など、感想を紙に書くコーナーがありましたが、その本が実際にエディットタウンにならぶ行程、期間、手順などはどのようになりますか

あのコーナーは感想を付箋に書いて貼っていただいて、来場者がメッセージを交換したいのではないか、という思いがあって用意した場所です。いただいた本を全て吸収するということを重要にしているわけではないのです。だいたい、今、手に入る本と手に入らない本(絶版本)があります。

本がどんどんと絶版になっていく中で全部入れるということはできないのです。今後、選ばせていただいてエディットタウンならではといえる棚になると思う本をみんなで考えて入れようと考えています。

●高さ8メートルの本棚、「本棚劇場」の天井に板が吊り下げられているのはなぜなのですか

私が「日本で一番高い本棚を作りたい」というところから始まり、隈研吾さんにデザインをしてもらいました。その際に、私が本棚は違い棚にしてほしいと頼んだのですが、本は文字が小さいので館内をスーパーのように明るくしなければならず、ライティングがとても難しかったのです。

しかし、私が考えたのは光と闇なので暗がりもほしい。そういう条件でどういう風にライティングをするかなのです。8メートルもあると上のライトがほとんど下へ届かないのです。その解決方法として、隈研吾さんが、板を垂直方法にたくさん上から釣り、板のオーロラのようなものを天井に作ってくれました。

それがなかなか良かった。キャッツウォークが二段2.5mくらいの間隔であるのですが、現状では、消防法やコロナ等の問題があり上がることができません。ですが、段差の途中から近づいて見るのと、下から見るのとでは全く違うのでそこを見てほしい。

▷本棚劇場

●本棚劇場にプロジェクションマッピングをなぜ取り入れたのですか、また今後新たなVR、ARなどで技術を反映する可能性はありますか

角川書店の歴史の中で4人の方が本を寄贈してくださいました。詩歌の山本健吉さん、歴史家の竹内理三さんなどの方々が寄贈した本を角川さんとしては「せっかくいただいたので並べたい」というので並べました。ですが、私は専門的な本が最初から並んでもそれらを手に取らないだろうと思い、開館4〜5年ぐらい前から「本棚から言葉が出て音が鳴る」ようなプロジェクションマッピングを入れようと思っていた。

本棚の中に潜んでいるコンテンツが、映像によって外に出ていくようにしたかったんですね。今後ARとかはします。それから本棚劇場のモニターの24枚にはまだ機能してないですが、様々なソフトを入れ替えていく予定です。

▷本棚劇場プロジェクションマッピング

美術館、図書館、博物館の3館を融合させた角川武蔵野ミュージアム

●角川武蔵野ミュージアムのように融合から生まれる施設が今後増えると思いますか

この施設がどのくらい影響力を持つことになるか分かりませんが、増えるとは思っています。

ただし、既存の美術館や図書館や博物館は既存のルールやオーダーを持っています。先ほど言った図書館が図書分類を持っているように。それを融合する、または越えていく気持ちのあるところでないと普及していかないでしょう。

 

歴史的には美術館、図書館、博物館の3つは別々に出来上がってきました。例えばこれに「モール」や「道の駅」等、さまざまな施設が加わって融合しなければいけないところはたくさんあるだろうと思います。

●角川武蔵野ミュージアムの美術館、図書館、博物館の3館を融合する際に重要視した点はどんなことですか

ミュージアムにはいろいろあります。代表的には「アートミュージアム」「ナチュラルヒストリカルミュージアム」「ライブラリミュージアム」です。アートという意味でこの3つは代表的な構図をもっているので、それを融合するにはなにか既存のものを壊してかかるということは非常に重要でした。

ただし一方でミュージアムの起源は「ムーセイオン」です。「ミューズの館」という意味ですね。アレキサンドリアという都市がヘレニズム時代に17個ぐらい作られ、その最大の都市が古代の今のアレキサンドリアです。今のエジプトのなかのアレキサンドリアができて、それがムーセイオンという起源です。

そのアレキサンドリアは図書館であり神殿であり、それから博物館と言えるかはわかりませんが、インテリアが置いてあり金銀財宝も入っていました。そしてアートとしては、列柱や彫像、彫刻などがたくさんあり、ミュージアムの起源にはもともとこの3館が融合していました。。

角川武蔵野ミュージアムを頼まれた際に「そのアレキサンドリアに一回、戻る」と言いました。神殿性や神々などはアートの中にはありますが、本のなかにもいっぱい出てきます。ですから「3館を融合する」「アレキサンドリアに戻る」とは言っても、全部を融合するまではまだまだいってないと思います。

●ネットで簡単に情報を得られる時代、図書館や博物館はどのように変わっていくのですか

半分は電子化されていくでしょう。ただし、本のパッケージは独特な経験値を人類にもたらしています。例えば、みなさんが着ているジャケットとパンツ、あるいは上着とアンダーウェア、これらの形はある意味では構造的に認知しているわけです。

書物にも私は構造があると確信しています。だからこんなに続いた。それが版画、活版印刷、電子書籍であれ、継続されるでしょう電子で印字してあってもダブルページ(見開き)がほしくなるはずです。

横組みであれ縦組みであれ、そこには私たちの持っている認知構造と表現構造、リプレゼンテーションの厚みが投影されています。その上で、本にはタイトルがあり、見出しがあり、パラパラ捲れるページがあって、カバージャケットや表紙や裏表紙がある。これらがずっとわれわれの好奇心を促進していると思います。

●電子というメディアについて私たちはどのようなことを今後、学んでいけばいいのですか

映像や電子がいいと言っても、テレビにはあれだけのフリップや文字が出てこないとおそらくほとんど理解されないでしょう。

ものすごい数の文字が3秒ごとに出てきます。文字が出るということは、本に近いことをしないと人間はなにかを掴めないということです。映像は早く、ツルッと流れていくのでキャッチアップできず、アーティキュレーションがないわけです。そこでテレビのドキュメンタリーのように、テロップを入れていく。

もともと指を折ることをデジットと言います。ピアノやキータッチ、ナックルボールなど、ありとあらゆるものが指の主体構成のデジットから来ています。そういうものをデジタル信号や電子情報はまだ掴めていません。フォントを変えるとか、フォーマットを変えるなどのドッグレースをやってきたためです。

ですが、書物というのは人間の認知や発達に応じてでき上がってきているので、パッケージの量にしても何にしてもとてもユニークにできている。そういう点を電子も活用しないといけません。

スクロールすることが果たして上手くいっていくか、いずれは入っていくと思いますが、今はまだまだです。そのため、電子側が本に近づいた方がいいのです。あまりにも今は電子がそれをできないのです。

例えば、滲みのアルゴリズムを作る際には、滲みが紙と水、筆圧、速さによってブワァーと滲んだり、グニャグニャグニャーっと滲んだりします。これを電子的なアルゴリズムが全部担当するには水墨の学習から入らないといけません。同じように電子が発達するには、もっと本から学ばないとダメです。

●バーチャルリアリティについてお考えをお聞きしたいです。例えば個人の幸せや価値観はどのように変わるのですか

幸せなんて関係ないです。幸せのことなんて考える必要はない。バーチャルリアリティについてはARも人工生命もロボットも全部一緒に考えないとダメです。だけどそれは人間をつくってきた情報の見せ方です。ここでみなさんが考えなくてはいけないのは情報の本質とそのヴァージョンの変化です。

VRによって情報が何になったのか。例えば、僕らの見ているもの、耳で聞いているもの、手で触るものも情報です。その情報がVR化することで何に変化したのか、何を表しているのか、まだまだ表せていないと思います。

それには、アルタミラの洞窟画からフランシス・ベーコンの油彩画まで、北斎の描き方からキース・へリングのグラフィティまで、アポロンの神殿から原発まで、情報がどのようにあらわされてきたか、その流れと細部にもっと入っていかないとダメです。

●コロナ禍で起きたメリットとデメリットはどのようなことですか

メリットとデメリットに分けるのはいけません。そういう官僚的な発想を若い時からは持っていてはダメです(笑)。収支決算しているわけではないのだから。そうではなく、何が特徴で、何が私たちにまだ把握できてないか、だと思います。

コロナによってソーシャルディスタンスだとかテレワークとか、様々なことが起こっていますがコロナの正体や流れはわかってないと思います。

しかし、こういう災害がないと私たちは様々なものを変更できないのです。例えば、オフィスがテレワークによってあまり行かなくなったとか、大学とか学校はどうするのか。これは結構大変です。でも、そういうことがないと文化や文明は舵がきれないのだろうと思います。

かつて3.11がありましたが、あれほどの大津波が来て日本中が大変な目にあったのに、そこから汲み取る思想とか文明、それから考え方や言葉、概念がいまだに生まれてないのです。私は非常にガッカリしました。もし、また来てもただ怖いだけだと思います。

しかし、かつてリスボンの大地震が来たときにヴォルテールたちがでてきて、その前の哲学と切り替えたのです。これにより啓蒙思想を作ったのです。

日本の3.11では、全くそのようなものはつくられていない。そして、新型コロナが世界中を覆っている。さすがの哲学者やエコノミストや政治家たちにもそれが分からないままだと思います。このようなわけで、どんな事態にも長所も短所も、メリットもデメリットも両方存在すると思います。

いま、世界はものすごく貧しいコロナ体験をしていると思います。この事実をもっと考えないとダメですね。

●松岡先生にとってバーチャルリアリティーはどのようなものですか

もともとバーチャルリアリティは私たちの中にあるものです。その原理は「想起」です。例えば、「お父さんの歳は今いくつか?」と聞かれたら、パッとここにいないお父さんの顔や服装を想像する。これがバーチャルリアリティの基本です。

VRの方々にはもっと自由に面白いVRを作ってほしいですね。それには人間の記憶のリコール、リマインドの方法についての考察も必要です。もうひとつ必要なことは、われわれは古来、理想世界をどのように想定してきたかという歴史に詳しくなることです。そこにはバーチャルとは天国や浄土や地獄やダークサイドの光景が先行していました。これを総ざらいしたほうがいい。

先程の「お父さんの歳いくつか?」というのは、私のブラウザによってみなさんはリマインドしてパッと入れて引っ込めているわけです。だから、私もみなさんもそうだと思うのですが、「ニューヨーク行ったことある?どこ行った?」と聞くと、「えぇっと。」と言った瞬間にアタマの中がバーチャル化するのです。これをつめていかないと新しいVRなんてできません。

●松岡先生のいま大事にしていることについて教えてください

コンテンジェンシーです。私が今、1番大事にしていることです。訳すと「偶有性」という言葉になります。たまたまそこにある別様の可能性のことです。それは「ある」「なし」ではなく、何かを進めて行った際にそこに登場するかもしれない、あるいは滲み出てきたり、今まで潜んでいたものが出てくる、創発される可能性のことです。これを偶有性、コンテンジェンシーといいます。

たとえば、街を歩いている時に新しく発見したことがあります。でもそれはもともとあったもので、私たちがそこにいくことによって、差し掛かることによって出現していると捉えることがコンテンジェントな見方です。

だからこれは外部の多様性を内部がどのくらい予測しながら認知しているかという哲学です。今日起こっていることは明日起こる。明日のスケジュールにこんなことがあるからこれくらいのことが起こる。だけれど「そこに起こるかもしれない可能性」の方が重要だと思います。

実際の世の中にはコロナがでたり、3.11や、殺人も起こったりするわけです。なので、何か予想外なことが起こるかもしれないと思う側からことを考えないといけない。それなのに多くの場合は予定したものをやってしまうのです。

そうではなく、差し掛かったものから生まれてくることに注目するのがコンテンジェンシーの哲学なのです。誰だって何かをやるとき少し不安になってつい準備してしまいますが、準備をしてもいいけれど、その準備をこえてやってくることにも、可能性を発見すべきです。新しくコンテンジェントな才能があらわれていることを期待します。

本文構成:小菅達哉
取材担当:小菅達也/河本ワダチ/土屋愛馨
写真撮影:ママトワ・アナスタシア
WEB:野水聖来

取材場所:松岡正剛事務所

(取材日時:2021年11月16日)