株式会社トライエース

 平成7年に設立し、今年で開業26年になるトライエース株式会社様。 自社開発しているゲームエンジンやツール群を強みとし、『スターオーシャンシリーズ』をはじめとするアクションRPGを数多く開発してきました。 今回は、会社概要や社員育成、さらに思い出のゲームやゲームが与えてくれた影響、ゲームを作ることで変わった見方などさまざまなお話をプロデューサーの田村様と当校出身のゲームデザイナーである社員の小俣様からお話をお聞きしました。

『プロデューサー・田村様にお伺いしました』 

 御社の理念及び魅力をお教えください

 弊社は設立から25年間一貫して良いゲームを作ることが目的でした。良いゲームと言っても時代によって変化するものなので、社員それぞれが時代に合った良いゲームを作っていくことを意識するのが、伝統になると思います。

 当社の特徴としては、皆さんが学校でお使いになられている市販のゲーム開発エンジン・ツールは使わずに、独自の環境でゲーム開発を行うことです。我々独自のゲームエンジンは、社長ら率いる研究開発部で基礎研究開発を行なっていて、最新の描画表現やゲームサーバーの高速処理やプロシージャルモデリング.htmlなど、常に先端の技術を取り入れています。この自社製エンジン・ツールを使ってトライエースは数多くのRPGを作っています。

 御社が他社と比べて負けないと思う要素を挙げるとしたらなんでしょうか

 弊社は、クライアントが望むオールプラットフォームにゲームを提供するゲームのデベロッパーです。ご存知のように、ゲーム業界には、パブリッシャーとデベロッパー、その両方をやられる会社、ハードウェアを提供される会社があります。パブリッシャーは概ねゲーム事業の売り上げトップクラスの方々の企業であり、ゲームタイトルの企画・製作・開発・販売・宣伝・IP展開等を一貫して行えるパワーをお持ちです。そういった大きなパブリッシャーと協業や委託によるお仕事をいただいて事業を成り立たせているのが我々のようなデベロッパー、ゲーム開発スタジオです。弊社のようなゲームデベロッパーは、ゲームプラットフォームを自ら選り好みすることはせず、クライアントの御用部やそのゲームのターゲットに合わせて挑戦していくことがポリシーになります。

 御社の強みとして「自社の開発エンジン・ツール群」を開発し続けていらっしゃいますが、それについて詳しくお教えください

 正式な名称は" Aska Engine"および"Aska Tools"といいます。一般に使われているゲームエンジン・ツールと同様に、ゲーム開発に必要な、ネットワーク・サーバー・グラフィック・サウンド・アニメーション・コリジョンといったさまざまな要素を車内に蓄積されたノウハウとともに使用することができる統合環境です。対応プラットフォームは、ゲーム専用機器、PC、スマートフォンに対応し、サーバー側からクライアント側まで全てC++で対応できます。

 例えば、新しいゲーム専用機やOSがリリースされる場合には、有名ゲームエンジン・ツールよりも早期にその新プラットフォームに対応できる場合もあります。3Dグラフィックに関しては最新のMayaと親和性を保った環境が整っています。

 RPGの制作において御社は日本でもトップクラスの一員にあると自負していらっしゃいますが、それについて詳しくお教えください

 RPGだけにこだわっているわけではなくて、弊社が発足した1995年頃から、25年間もの間RPGを作り続けている会社はあまりない、ということなのだと思います。そのためクライアントも当社にはロールプレイングの開発を依頼されることが多いのです。

 正確なジャンルとしては、“アクションRPG”の経験が豊富ですので、操作感に直結するレスポンス、エフェクト、カメラ演出、SEなど、とにかく爽快感を追求するところが特徴かと思います。

 この先もRPGというジャンルだけでやっていくわけではなくて、世界観的にはアクションゲームというジャンルかもしれませんし、日本では違う言い方が出てくるかもしれませんが、ユーザーが没入できるゲームであればさまざまなジャンルに挑戦すると思います。

 これからの新たなゲームシーンにVRが登場しています。そのことについてどのようにお考えでしょうか

 弊社はプラットフォームにこだわりなく挑戦する会社とお伝えしました。自社単体ではパブリッシング機能を持っていないので、クライアントが「VRに挑戦したい」ですとか「VR対応のゲームをトライエースに開発して欲しい」というような場合は挑戦すると思います。ただ、私たちが単独でVRゲームの開発に突き進むことは、なかなか起きにくいと思います。

 クオリティを追求できる人材を求めていると同時に、生産性を考えながら仕事を進めていけることも重要なことですが、社員の育成についてどのようにお考えでしょうか

 私のようなプロデューサーはプロジェクトに関する限りは適応力のあるスタッフを重視しがちですが、新入社員の方に関しては見方が違います。アーティストに関しては、時間がかかってもいいので将来オールラウンドにいろいろなジャンルの仕事に挑戦していただけるような基礎力重視の採用と育成の仕組みを作っています。

 企画(ゲームデザイナー)やプログラマーの育成に関しては、1、2年目の先輩メンターが一般的な基礎業務を研修すると同時に、実際のプロジェクトの仕事も学べる環境を作っています。先にプロジェクトに参加していた先輩からマンツーマンで業務を学べる機会もあります。2020年度はZoomを繋ぎオンラインで研修をすることで、なるべく早く即戦力になるように気をつけてきました。

 また、トライエースが所属するNJホールディングスでは、一般的な社会人研修やコンプライアンス研修など、ゲームを作る技術だけではなくて社会人として重要な知見を深める研修を行っています。ゲームクリエイターとしてだけではなく社会人、ビジネスマン、企業人として知っておいていただきたいことを学ぶ仕組みがあります。

 田村様にとって思い出のゲームはなんでしょうか

 私は皆様のお父さんの世代なので今とは時代が異なるのですが、プレイした中で言うとスクウェア・エニックス様の『ロマシングサガ2』です。自分が業務で関わったタイトルとしては、Microsoft様の『Halo』です。この2本のインパクトは本当にすごかったです。

 『ロマシングサガ2』は、それまで主人公を交代させるという仕組みにとても感動しました。当時のドット絵の表現も素晴らしかったです。『Halo』というゲームは、当時のXboxのフラグシップタイトルで、高度な描画表現に驚きました。日本のゲームで当時はできていなかったような、広大な3D空間と細部にわたるテクスチャー変化の表現、特にマシンガンの弾痕やグレネードの被弾表現など、感動とともに敗北感がありました。1999年のことでしたね。

 ゲームをプレイしたことによって教わったことや田村様への影響になったことがあればお教えください

 私の子供時代には、「画面が反応してくれる」というものは家庭にはありませんでした。映画を観る・テレビを観る・本を読む・音楽を聴く、全部受け身の状態でした。大学生になって最初に触った家庭用ゲーム機のゲームは多分『スーパーマリオブラザーズ』だったと思います。最初に買ったゲーム機はメガドライブでした。そんな私が一番影響を受けたことというのは、やっぱり自分自身がゲーム業界にいる、ということだと思います。社会人になりたての頃は広告業界にいたのですが、4年目になった1994年-1995年頃に身辺に家庭用ゲーム機が何種類か乱立し始めました。そのころ、サッカーゲームで接待プレイをしたことがきっかけでゲーム業界に入れた感じがあります。やはり、ゲームにはそれだけのインパクトがあったのだと思います。

 田村様にとってゲームとはなんでしょうか

 夢もなにもないですが、給料につながる「仕事」です。もうこの業界に入って25年になるので、生活の一部です。人生の一番長い部分をこれにかけているので、そういう意味も含めて生活の一部です。

 ゲーム業界を目指す人にお言葉をいただけますでしょうか

 今はコロナ禍でやりづらいですけども、世界のいろいろな人と会い、世界のエンターテイメントを観るというのが重要かと思います。海外のゲームタイトルのプロジェクトチームは数百人の開発チームとなる規模のものも多いので、いろいろな国のゲーム・エンターテインメントから学ぶというのがいいと思います。


 ● " Maya"は米国および/またはその他の国における Autodesk, Inc.、および/またはその関連会社および系列会社の登録商標または商標です。

 ● " Aska Engine"および"Aska Tools"は、株式会社トライエースの登録商標です。