玉樹 真一郎

 これからのゲームと人との関わりや在り方また、ご自身の今後の目標やついてお聞かせきください。

 目標というと、みなさんには見習ってほしくないのですが、私は今目標を見失っています。この本『「ついやってしまう」体験のつくりかた』は足掛け7年掛かっています。下世話な話ですが、7年間一銭も発生しないんです。タダ働きし続けたんです。しかも、無駄かと思えるほどにこだわってしまったので、時には赤ちゃんを抱っこしながら、ひたすら悩み続けました。家族にも迷惑をかけながら書いて、家族にも迷惑をかけながら書いて、なんとか出せて、そこそこ良いリアクションがいただけたのが、2019年のことです。今、燃え尽きています。もう少し早く回復すると思っていたのですが、まだ若干燃え尽き感が残っています。

 ですがそろそろこの本のことを過去にしなくてはなと思っています。次の本をこの本『「ついやってしまう」体験のつくりかた』に頼らないネタで書いて、まったくお客さんが予想しない方法で世の中のみなさんに喜んでいただかないといけません。

だから、目標は……目標を見つけることでしょうか。しかも今それが良い目標だってまったく思えないような、新しい未知の目標を見つけたいなと思っています。

 一冊目の本『コンセプトのつくりかた』を出した経緯は、任天堂で『Wii』の企画やコンセプト作りをやらせていただいたときに、本当に良い勉強をさせていただいたので、その経験を本にして出したいなと考えていました。

 それでいろいろなところで「本を出したいなー」と言っていました。そうしたら、青森県出身の有名な書評家さんが私の話を聞いてくださり、「ちょっとTwitterで呟いてみるよ」とて言ってくださって、独立の編集プロダクションさんが興味を持ってくださって、そこからダイヤモンド社さんから出版することになったんです。

 今思い返すと『Wii』のときも「企画やりたい、企画やりたい」って言っていただけでした。前になにか立派な企画をしていたということもなく。こういう経験から、改めてなにかをやりたいときには「やりたい」と声をあげることがすごく大事だなって思います。

 文章を書くことに興味を持ったのは、高校1年生のときで、非常にミーハーなんですど村上春樹がすごく好きになりました。『ノルウェイの森』です。すごく暗くてショッキングで、あとすこしエッチだったりして、クラクラしてしまったんです。それで私も書きたいと思いました。文化祭に出すために、短編小説を書いてホチキスで閉じて出すみたいなものから文章を書き始めました。大学のころも小説は書いていたのですが、今書いているような文章のタッチになったのは多分『Wii』のあとです。

 私は『Wii』のプロジェクトで、「わかってもらわないと意味がないんだ」ということが本当に骨身に沁みました。自分のアイデアがどんなに良いものだとしても伝わらなければゼロですから。そこを本当にやっと気付いたという感覚です。

 そこから私の文章がすこし変わりました。文章に限らず、話し方もです。伝わらなければ意味ないぞ、と何万回も念を押しながらコミュニケーションをするうちに、いつのまにか今の文章のタッチに変わっていきました。

 広告業界の言葉で「AIDMA(アイドマ)」という言葉があります。新聞だって、テレビだってニュースだって、この「AIDMA」の型を使って人の注目を集めています。しかし今は、人々の注目を集めるという行為自体の倫理観のようなものを問われてくる時代になってきました。これからは、倫理的でありつつ人の注目を集める、ということが問われる時代になると考えています。

 それがなんなのかを問われると困ってしまいますが、このことは非常に強く考えているところです。ちなみに『「ついやってしまう」体験のつくりかた』の参考文献のところにメモがありまして、もし体験デザインについての2冊目の本が書けたときのメインテーマは「集中と倫理と創造」である。と書いてあります。

 どうやって人々に集中させるか、どうやって倫理的なふるまいをしてもらえるようになるか、どうやって創造性を引き出すか、というところが2冊目の鍵で、そういうことをゲームはやってますという話を書ければいいなと思っています。それが書けたらきっと今の新しいメディア、メディアとしてのゲームというところももうすこしすっきりと語れると思います。

 ゲームが生まれた当初、その頃は、みんなが「ゲームはすごいいものだ、画期的で楽しむべきものだ」と思ってくれていたので、エネルギーをゲームに振り分けてくれるんですね。しかし、ゲームは徐々に市民権を得て、それと同時に日常になって、やがて難易度も下がっていきました。気軽に遊べなきゃおかしいだろ、なんでゲームに人生のエネルギーを捧げなければならないのだ、という雰囲気になったんですね。ゲームはむずかしかったのでみんなが遊べるように難易度は下がり続けていたんです。

 しかし、そんなゲームの難易度が、ここ数年上がっているんです。ゲームというコンテンツの歴史的経緯や、ゲームとは一見関係の内容に見える世情や時代。そういったものを片方の目で観察しながら、今ゲームというコンテンツになにが起こっていて、お客さんはなにを求めているのかを考え続けたいと思っています。

 ゲーム業界を目指す人へのメッセージをお願いします。

 まず、ゲーム業界を目指すことはなにも間違っていません。これからゲームはもっと広がっていきます。暮らしと不可分なレベルにまで情報革命の先で溶け込んでいくと思います。

 ゲームを作る仕事は他の仕事に比べて浮ついていて、不埒な感じがして、それより銀行員にでもなったほうが親孝行できるのかなとか思う人も、中にはがいるかもしれません。でも私は、ゲームの未来を信じていますし、信じていいとおすすめすることもできます。

 ゲームはもっとおもしろくなりますし、もっと良いものになりうると確信しています。そして確信したうえで、敢えてゲームに限らずあらゆるものを吸収したほうが良いとも思います。ゲームの本質は、誰かを喜ばせるためのもので、それはゲームに限ったことではないからです。

 ゲームに限らず、どうやったら人は喜ぶのか、どういうときに自分は喜ぶのか、どういうときに世の中って景気が良くなるとか…そんなことをヒントにして、どうか新しいおもしろさをゲームで実現してください。

 「ゲームってどうなのかな」と確信を持てないうちはアンテナが鈍ると思うので、ぜひ「ゲームはすごく良いものだ」と確信したうえで、全方向にアンテナを立ててください。私が年寄りになったとき、きっとみなさんのゲームで遊ぶと思います。そのときを楽しみにしています。

編集:ノベル&シナリオ専攻 3年 工藤舞香

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