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Pick! 10 Landscape&Writing works

「ダイヤとタイヤ」

渡辺光平


錆びついた車輪が悲鳴をあげながら前に進む。ギィギィと軋みながらも主人の意のままに前に進む。葛西駅を出発してから十分、闇夜に光る車のテールランプを追うように大通りの脇を私は自転車で馳けていた。ビシビシと頰を殴る風は、速度をあげるほど強くなっていく。信号が赤に変わる。自転車のブレーキを手袋の上からめいっぱい握り込んで回る車輪を止めた。ハンドルから手を離し、冷たくなった頰に手を立てる。手袋の温もりがこわばった頰を緩めた。
「暖かい……」
 安堵の息が漏れる。隙間から見た信号機が点滅していた。私はペダルに足をかけるともう一度前に進み出した。
 去年の夏に近くの大型スーパーで買った一万四千八百円の自転車。ベージュのフレームと広い前カゴが気に入って買った。
しかしあれから一年以上の月日が経ち、気がつけばフレームは泥を被り、銀色に輝いていたチェーンは錆びついていてしまった。それでも乗る分には一切問題はなく、それに目をつむってしまえば特に気になることはない。現にこうやって私の体を乗せてコンクリートの上を走っているのがその証拠だ。
 自転車を漕ぎ続けてしばらくすると一際大きな建物が見えてきた。「葛西臨海公園駅」その名の通り葛西臨海公園のすぐそばに作られた駅。毎日ここで様々な人が交通のために利用している。私は付近の駐輪場に自転車を止めると公園の中に入っていった。

人のいない夜の公園は少し不気味でどことなく神聖さを感じる。葉の枯れ落ちた木の道を進み、開けた芝生の場所に出た。風が私の体をすり抜けていく。
「寒っ」
葛西臨海公園の冬は海風が厳しい。それが夜ともなればその寒さは尚更だ。
 しかしどういうわけか私はいつもこの時期になるとこの場所にきてしまう。理由はわからないがどうにもここに向かおうという気持ちに私は突き動かされる。芝生の上を突っ切って歩く。スニーカーの靴底が沈み込む感覚が心地良く、その場で軽く足踏みを踏む。
 芝生の上を抜け、さらに歩いていくと今度はドーム状の建物が見えてきた。その建物に近づく。入り口付近まできて、私は足を止めた。コンクリートとガラスの建物を見上げる。月明かりに照らされてガラスのドームが煌めいた。「葛西臨海水族園」葛西臨海公園内にある水族館。六百種を超える海洋生物やペンギンなど様々な海の生き物を見ることができる水族館。休日には多くの人々がここにやってきては魅入られる。かくいう私もその一人で暇があればここにやってきて様々な生き物と戯れている。
しかし、この時間にはもうここはしまっていて中に入ることはできない。私はそこから離れると海沿いに続く道を歩いた。

海風が頰を吹き抜けていく。瞼を一度強く閉じて再び開く。暗い海はもはや何も映さない漆黒だった。
歩き続けて、視界に片隅で光る何かが目についた。視線が不思議とそこに吸い寄せられる。青く輝く観覧車がそこにあった。歩く速度がわずかに早くなる。呼吸があがる。気がつけば私はその場所まで必死に駆けていた。息を切らしたどり着いた私は大きく上を見上げた。
淡い青の輝きを放つその観覧車は星の煌めきに負けないほどの美しさだった。
「ダイヤと花の観覧車」約十七分にわたり、葛西臨海公園と太平洋を眺められる巨大な観覧車。そのほかにも富士山や房総半島、海ほたるを望むことができ、過去には日本一の観覧車の称号を持っていたこともあることもあるこの公園のシンボルだ。
吐き出した吐息が白く広がる。
あぁそうか、私はこれが見たかったのか。この輝きを、夜空を彩るダイヤのきらめきを。きっと私はまた忘れる。そしてまたこの輝きを確かめにこの場所に戻ってくるのだろう。また白い吐息が私の口から細く漏れ出した。

 錆びついた車輪が悲鳴をあげながら前に進む。ギィギィと軋みながらも主人の意のままに前に進む。頰を打つ風も今はもう気にならない。ペダルを漕ぐ足は軽く、世界を静かに駆けていく。
 車のテールランプが私を静かに追い越していった。